小沢健二と安室奈美恵

安室奈美恵ドームツアーに関する若干のネタバレを含んでいます。これから参加される方はご注意下さい。

 

今年のGW、日本武道館では復帰後初のアリーナツアーとなった小沢健二のライブが、東京ドームでは引退前最後のドームツアーとなった安室奈美恵のライブが行われた。

 

僕は2日に小沢の、3日に安室のライブを観に行った。僕にとってこの2人は、90年代半ばの音楽番組を彩ったポップスターである。昨年、小沢は19年振りのシングルでシーンに本格復帰、一方の安室は突然の引退を発表。奇しくも「新たな始まり」と「歴史の終わり」が同時期に起きたのだった。

 
この2人、90年代には音楽番組で共演する機会も多かったほか、安室がレギュラー出演していたCX「ポンキッキーズ」に小沢がゲスト出演した事もある。(恐らく小沢と親交の深い番組レギュラー・Boseから繋がり、出演に至ったと思われる)

そして最近まで気付かなかったのだが、両者には結構な共通点がある。

 

・グループ出身、後にソロデビュー(小沢はフリッパーズ・ギター、安室はSUPER MONKEY'Sの元メンバー。別れた方のメンバーもそれぞれコーネリアス、MAXとしてその後活躍)

・1995年に紅白初出場

・大ブレイク時には女性人気が高かった(小沢に黄色い声援が飛ぶのはよく分かるが、今でいうアイドル的なグループに在籍していた安室が、主に同性からの支持によってブレイクに至ったのは興味深い。アイドルをアーティスト化してブレイクさせるのが得意だった小室哲哉の方法論も大きいと思われる)

・1998年に表舞台から姿を消している。同年1月28日にそれぞれ最後の作品をリリース。(小沢→シングル「春にして君を想う」、安室→ベストアルバム「181920」)


それぞれ事情は異なるが、両者は共に1998年に一度表舞台から姿を消している。そして、第一線へのカムバックに大きな違いが生まれる事になる。安室は出産からおよそ7ヶ月後、1998年12月23日に復帰シングルを発売、同年12月31日の紅白歌合戦でステージ復帰を果たす。その後も精力的に音楽活動を展開し多くのスマッシュヒットを生むのだが、全盛期のようなセールスをあげる事はなかった。およそ2年でTKによるプロデュース体制が終了しセルフプロデュース期に入ると、本人も語っていた試行錯誤の時期が長く続く。プライベートでも身内による事件、離婚など様々な困難に見舞われたが、それでも安室は一切活動を止める事なく闘い続けた。

 

一方の小沢は、そもそも活動休止を明確に告げた訳ではない。しかし1998年の春頃には渡米したと推測され、CDのリリースは途絶える事となった。その後コンピレーションへの参加を挟みながらも、小沢健二名義の作品発表には2002年2月まで約4年の歳月を要した。全曲NYで録音されたアルバム「Eclectic」はウィスパーボイスによる歌唱、官能的な詞世界などでこれまでのファンをふるいにかけるような衝撃的な作品であった。あらゆるメディアに露出していた90年代とは異なり、本人稼働によるプロモーションは一部のラジオ出演に限られ、ファンの謎は深まるばかりだった。

 

安室はその後SUITE CHIC名義のアルバムで様々なアーティストとのコラボレートにより本格的なR&Bサウンドに挑戦。そこで培ったものを後の作品にもフィードバックし、攻めたR&Bサウンドを追求した結果、セールスはV字回復する。全盛期を知らない若い女性ファンも急増していった。


小沢が「Eclectic」の次のアルバムをリリースする頃には、更に4年の月日が経っていた。 厳密にはその間にアルバム未収録曲集「刹那」があったが、純粋な新作ではないうえ、契約によって決まったリリースだったようだ。(選曲に小沢本人の意向は反映されている)  4年振りに発表された満を持しての新作はノンプロモーション、全曲インストという異色のアルバムで、そもそもマスに向けて売る気すら感じられないものだった。作品に関する本人のコメントもなければ、新曲には歌詞すらない。そのような状況下で、唯一彼の紡いだ言葉が発表されていた小説「うさぎ!」は、童話形式をとりながらも社会の在り方に鋭く問いを投げかける作品だった。一部の熱心なファンは、この僅かな手がかりから彼の当時のスタンスを必死で読み解いた。それでも、彼が本当に何を考えていたのかは、わからない。00年代後半には後の妻と共に自主制作の映画を公開するツアーを行っていたが、これに参加したのは一部のファンであり、彼が自身の言葉で多くのファンに思いを伝えるようになるには、2010年まで待たなくてはならない。自身の活動に対して誤解も含め様々な憶測を呼んでいた事を小沢本人は知っていたようだが、あえて説明はしなかったと復帰後に明かしている。

 

安室はその後2012年にデビュー20周年記念のドームツアーを敢行する。この時には既に引退を意識していた事が昨年になって明かされた。しかしそれが叶わなかった為、25周年を目処にと考え、活動計画を立てる事になった。そうして5年が経ち、昨年予定通り引退を発表。前回を上回る規模のドームツアーを行う事となった。

 

現在行われている安室のドームツアーにおけるベスト盤の会場特典として用意されたDVD「Spot Single Collection」。これは「Body Feels EXIT」以降にリリースされたシングルのTV SPOTを発売順にまとめたものである。1作品15秒なのでトータルでも11分ほどだが、安室の歴史だけでなく、音楽シーンの移り変わりも感じられる興味深い1枚となっている。avexロゴの出方の変遷、コピーコントロールCDのロゴが出ていた時代など懐かしい気持ちに浸りつつも、CCCD以降はDVD付き盤のリリースや両A面での発売など、1枚の作品としての充実度を上げるような試みがなされている事が分かる。初期作品の方が長くヒットチャートに居座っていた事もあってか印象は強いが、新たな黄金期に入ったあたりから、映像作品としての見応えは寧ろ上がっている。映像技術の向上は勿論、PV=プロモーションビデオから、MV=ミュージックビデオという呼称に徐々に変化していった事からも、楽曲だけでなく映像も含めトータルで魅せる時代に変化していった事がうかがえる。デビュー当初から一貫して歌とダンスで、視覚と聴覚に訴えかける表現をしていた安室は、こういった時代の変化に適応しやすかったと言える。

 

一方、小沢は2010年に13年ぶりとなるコンサートを全国で開催。その後2012年の東京連続公演、2016年の全国ツアーを経て、2017年に19年振りのCDシングルをリリースするまでには実に7年の歳月を要した。そこから約1年の間に、怒涛のTV出演、フジロックフェスティバルへの参加、SEKAI NO OWARIとのコラボレート、映画主題歌シングル、22年振りの日本武道館公演までをもこなし、多くの話題を振りまいた。2016年までの公演では往年のヒット曲が多数披露されたものの、一部の写真が公開されたのみで現在まで一切映像は公開されていない。チケット入手に際しては争奪戦となり、今思えばコアファン向けのクローズドな印象が強い。今回の日本武道館2DAYSを含むツアーでは新曲のない代表曲中心のセットリストを復活以降最大規模の会場で披露し、近年では最も開かれた世界観という印象を受けた。また渡米する際の思いを歌った「ある光」と、その続編とも言える「流動体について」が初めて連続で披露され、大衆音楽に戻ってきた小沢健二の本当の復活を印象づけるものとなった。(これまでにも何度も復活を感じさせる瞬間はあったが、今回の「ある光」の力強い"Let's get on board"の叫びは、シーンへの帰還を特に強く印象づけた)

 

小沢はこれまでの環境を一度リセットし、長い時間をかけて自身の生活、社会の在り方に向き合い、自らの表現をアップデートしてきた。そして長い時間をかけて準備したうえで、ようやく第一線に帰還した。今回の武道館公演で復活以降の怒涛のアウトプットはひとまずひと段落、といった印象を受ける。

時を同じくして、様々な困難と真正面から闘い続けてきた安室奈美恵がステージから去る。先日観た東京ドーム公演でも、一年に一度ツアーで皆さんに会えるのが楽しみだった、と少し淋しそうにしながらも、9月16日以降ステージに立つ事はない、と改めて宣言していた。「いち音楽ファンとして、皆さんの毎日に素晴らしい音楽が溢れる事を願っています。これからも沢山沢山素晴らしい音楽と出会ってください」というコメントは、彼女のこれまでとこれからを繋ぐメッセージとして聞こえた。しかしツアーの初日でも千秋楽でもないのに涙を見せ、「最後は笑顔でお別れしましょう。みんな元気でねー!バイバーイ!」と手を振る安室の姿には、こちらもどうしていいか分からず、ただただ呆然としてしまった。幸福な終わりを祝福したい気持ちもあるが、歩みを止める事なく走り続けてきた安室奈美恵が本当にステージから去るのか?と、未だ信じられない気持ちも残った。


今年で1998年から20年。復活への長い道のりと、引退へのカウントダウン。新たな表現に対して、シーンから離れじっくり時間をかけて辿り着いた小沢と、もがきながらもひたすら歌い踊り続けて新たな世界観を切り開いた安室。それぞれの立場にそれぞれが誠実に向き合ってきた結果なので、どちらが良いという事ではないが、対照的な20年の歩みが同じタイミングで結実するという、不思議な両者のリンクを感じた2つの公演だった。